ドイツ三十年戦争

  • C.ヴェロニカ ウェッジウッド (著), 瀬原 義生 (翻訳)
  • 単行本: 618ページ
  • 出版社: 刀水書房 (2003/11)
  • 発売日: 2003/11
  • 定価: 10500円

読書メモ

オラニエ公ウィレム』と著者/訳者とも同じ大著。著者にも訳者にもちょっとした癖があり、著者の国籍や書かれた時代も考慮する必要もあります。索引が充実しているので、本のあたまから順に読むよりは、興味のある場所から読んだりと、データベースとして利用するほうが入りやすいかも知れません。 訂正線を引いた箇所は、あくまでも初級者の読み方(最初にこのレビューを書いた時点での管理人のレベルが知れるかと…)。ある程度この時代に知識のある中級者は、やはり最初から最後まで通読すべきです。読み進めるのに時間もかかりますが、これだけ複雑な国際関係を理解するには、どうしても因果関係や利害関係に注視しながら読んでいく必要があります。

しかもこの本自体はあまりリーダーフレンドリーにつくられていないので、三十年戦争の本としてはあくまで「2冊め」以降の位置づけにあるべきものかと思います。他の三十年戦争関連図書の読書経験や、ヨーロッパの地理、当時の王室等主な為政者層の血縁関係、この索引に出てくる人物の7割くらいは予備知識としてあると望ましいです。

とくに第一章、1618年時点のヨーロッパ情勢を論じていますが、1618年とはいっても、結局は1555年のアウグスブルクの宗教和約まで立ち戻る必要があり、ケルン戦争やユーリヒ=クレーフェ継承戦争を前提とした議論となっています。(それでも、いきなりヴァルテリーナ渓谷問題から始まるウィルソンの『三十年戦争』ほど度肝を抜かれるわけではありませんが)。逆に、この導入部分を丁寧に読んで理解できれば、第二章以降もだいぶ楽に読み進んでいけるのではないでしょうか。

個別の戦闘については、それほど詳細に描写されているわけではありません。この著作では、三十年戦争の本質はひとつひとつの戦闘行為そのものではなく、あくまで諸勢力のパワーバランスの推移にあります。反面、人物については、著者の好き嫌いが良く現れていて面白い。ブラウンシュヴァイク公クリスティアンや枢機卿王子への明らかに好意的な書き方に比べ、グスタフ=アドルフやヴァレンシュタインの死の場面は相当にあっさりです。

もっとも、これだけの大著でありながら、重要人物が何の前触れもなく名前のみが出るに留まっているなど、どうしても濃淡はあります。この重さの置きかたの違いが、他の三十年戦争関係の書籍と読み比べていちばんおもしろい部分でもあります。キーパーソンとして挙げられているのは、一貫してザクセン選帝侯とバイエルン公(選帝侯)。一般的にはザクセン選帝侯が戦犯扱いされることも多いですが、この中ではどちらかというと、ザクセン選帝侯の行動(伴う結果がどうであれ)は一定の評価がされており、逆にバイエルン公の過ちは繰り返し批判されています。

なお通常、オランダは三十年戦争に関しては脇役扱いです。オランダ史の「中」、「八十年戦争」の枠内で見れば、1629年以降のオランダのスペインに対する優位は自明で、いかなる妥協の必要も無いようにみえます。が、オランダ史の枠から外れて「三十年戦争」という広い視点で見たとき、低地地方はいかにも不安定で頼りなげです。この著作のボリュームの中でのオランダは、そんな立ち位置を必要十分に満たしています。批判したい点があるとすれば、州総督と連邦議会の二元的権力構造が後半になるまであまり明示されないので、オランダの動きが矛盾のあるものに見えてしまう危険性があることでしょうか。