小説 マジョリー・ボーウェンのオランダ五部作 Marjorie Bowen
ここに挙げたKindleのパッケージは5冊まとめた安価なバージョンです。(5冊組はAmazonから消えてました)。この本の内容自体はパブリックドメインですが、データで無料提供しているのは今のところオーストラリアのアデレード大学のサイトのみのようです。 ちなみに、各巻に挙げた画像の図書を出版している「Inheritance Publications」は、他にも復刊版歴史小説たくさん出してます。八十年戦争コーナーもあり。
オランイェ公ウィレム一世の小説が2作、オランイェ公ウィレム三世の小説が3作、いずれもそれぞれ続きものなので冊数は単なる長さのバロメーターとなります。ウィレム三世のほうが早い時期に書かれましたが、のちに何度かリメイクされているようです(管理人未読)。
ここではウィレム一世の2作を取り上げます。 イギリスの女流小説家の作品、ジャンルは歴史ロマンスに分類されるとのことですが、ロマンスというには非常にストイックな書き口です。なので、少年少女小説にも分類されるかもしれません。
他の小説をまだ見ていないのでわかりませんが、この2作に関しては、狂言回しとして架空の女性を主人公とし、その目から見たウィレム一世を描写しています。作者の投影なのか、他の作品に女性主人公が多いためにその延長なのか、いずれかの手法と思います。
先に総評すると、歴史小説としてもロマンスとしても、ツッコミどころは多くあまり出来はよくありません。なのでこの記事もどちらかといえば、おすすめというよりは読書メモとして。
Prince and Heretic プリンスそして異端者
- 著者: Marjorie Bowen
- 出版社: Inheritance Publications (2010)
- 発行年月: 1914
目次
- Part I—The Netherlanders
- The Alchemist
- Fräulein Anne
- Louis Of Nassau
- The Saint Bartholomew Wedding
- William Of Orange
- The Crystal Gazers
- Brussels
- Margaret Of Parma
- Cardinal Granvelle
- The Rhetoric Play
- The Jesters And The Rhetoric Players
- The Grandees
- The Departure Of The Cardinal
- The Regent, The Prince, And The Cardinalist
- Part II—The Holy Inquisition
- The Pigeon
- The Loyalty Of Lamoral Egmont
- The Amusements Of The Princess Of Orange
- Philip’s Mandate
- The Knight-Errant
- The Edicts
- The Petition
- The Banquet
- Montigny’s Wife
- Antwerp
- The Prince Resigns
- Orange And Egmont
- The Coming Of Alva
- Philip’s Avengers
- Part III—The House Of Nassau
- Dillenburg
- Juliana Of Stolberg
- Heiliger Lee
- The First Battle
- News From The Netherlands
- The Prince At Bay
- The Action On The Geta
- The Anabaptist Preacher
- Winter Time
- The Abbess
読書メモ
スタートの舞台はまさかのライプツィヒ。狂言回しのレネ・ル・マンはフランドルから迫害を逃れてきた難民で、ザクセン選帝侯の一人娘アンナの侍女をしているという設定です。それなりに美人なのに、両親も後ろ盾もないまま婚期を逃し、ややひねくれたシニカルな性格。それが、アンナの婚約者であるオランイェ公ウィレムを見たとたん、恋心を抱いてしまいます。(ウィレムの弟のルートヴィヒに関しては、そのチャラさをむしろ毛嫌いしている模様)。全編通して、ウィレムの描写はこの使用人レネの若干鬱屈した目線でのものになります。
ザクセンから始まったということで、他にあやしげな錬金術の要素が描かれます。ウィレムの弟のルートヴィヒ、アドルフ、ハインリヒは錬金術師からその死期を予言され、それが次々当たっていくという流れですが、歴史ものということを鑑みるに読者も彼らの戦死時期は前もってわかっていることなので、幾分興醒めな気がしないでもないですね。
物語は、ウィレムを取り巻く政治的な要素と、アンナやレネをはじめとする女性たちの視点での二本立てで進みます。序盤の政争は意外とおもしろく読めます。グランヴェル枢機卿はウィレムのせいで解任されたのち、かなり後までそれを恨みがましく思う人物として何度か登場します。モンティニ卿(ホールネ伯の弟)がよく取り上げられているのも良い部分。アルバ公自身が直接書かれることは少ないですが、その存在感と恐怖はよく伝わります。
翻って、アンナ側はいまいち。アンナとウィレムの関係そのものはほとんど触れられないまま(いつ子供生まれたとかスルーされている)、いつの間にかアンナはウィレムを嫌っていて、狂気が進んでいることになっています。さらに、ルーベンスとの浮気についても(この本が少年少女向けだからか、あくまでレネ目線だからか?)、「浮気」は文字でも場面でもはっきり書かれることはなく、その後の顛末もあいまいなままです。冒頭にアンナががっつりページを食っていたので、この大事件ももっと大きく取り上げられると思っていたのですが。
この巻の最後のほうに登場するシャルロット・ド・ブルボンはかなり快活で積極的な性格にされています。女のほうから「私あの方と結婚したいわ」なんて言わせること自体19世紀ノリかなあと思うのですが、それがレネの神経をまた逆撫ですることになります。ほんと、僻みっぽい描写が多いです。
William, by the Grace of God 神の恩寵によるウィレム
- 著者: Marjorie Bowen
- 出版社: Inheritance Publications (2010)
- 発行年月: 1916
目次
- "Out Of The Depths"
- Mynheer Certain
- The Ride
- The Interruption Of The Princess Charlotte
- The Exiles
- Brothers-In-Arms
- August, 1572
- The Fugitives
- Before Mons
- "Out Of The Depths"
- "The New Republic"
- The King
- The Cardinal Muses
- News From The Rebels
- Delft
- Count Louis
- Mooker Heyde
- Rénée
- Leiden
- News From Heidelberg
- The Child Of The Refugee
- At Delft
- ortune Turns
- The Prince's Wife
- The Ban
- Spanish Councils
- The First Fruits Of The Ban
- D'Anastro's Failure
- The Victim Of Jauregay
- The Little Clerk
- In Delft
- The Prince Of Parma
- Louise Of Orange
- The Progress Of The Little Clerk
- Maurice Of Nassau
読書メモ
1572年から1584年まで扱われます。が、2部の半分を過ぎてもまだ1574年。それ以降は一気に時代が飛び、3部に至ってはほとんど蛇足で、ウィレムよりもその暗殺者のバルタザール・ジェラールのほうが描写が多いのではないかと思うほど。
レネに関しても、年齢を経るにつれどんどん性格がいじけていきます。とくにシャルロットとの関係は、レネの側の一方的な嫉妬心ばかりが描かれ、死にかけたシャルロットとの最後の出会いのシーンもあまりすっきりしません。もちろん、使用人の立場をわきまえたレネが、最後までウィレムに想いを伝えることもありません。そしてウィレムが暗殺されたシーンでは、単に「旦那様が死んだ」と半狂乱で喚くだけで、なんだか最初から登場していた割には役回りとしてあまりに不憫でした。シャルロットも、結婚前はあんなに快活な性格だったのが、結婚後はひたすら夫の暗殺の恐怖におびえるだけの存在になります。
というわけで、2巻のほうがパワー不足の感は否めません。モーケル・ヘイデの戦いののち、レネは孤児となった女児を拾って育てることになりますが、その子もとくに何か特別な役割があるわけでもなく、必然性は全く無し。ウィレムの三番めの妻ルイーズ・ド・コリニー(作者の勘違い?でコリニー提督の実の娘ではなく息子の嫁ということになってる)も、登場時は何かを期待させる感じでしたが、蓋を開けてみたら、いつの間にか結婚してた程度のちょい役にすぎませんでした。
最終章は副題にマウリッツの名前が冠してあり、最後も「オランダは終わらない、このマウリッツがいる限り」みたいなカッコいい台詞で締めてありますが、マウリッツはそれまでは、たまーに出てきてはてくてく歩いてるだけくらいの出番でした。
あちこちで伏線を予定しつつ、後半は完全に作者のやる気がなくなっちゃったのかな、というのが正直な感想です。