オリバーレスとリシュリュー/リシュリューとオリバーレス

スペイン・フランスの同時代の2人の宰相を扱った本。ここに挙げた2冊はどちらも現在入手しづらくなっているようです。(エリオットのほうは画像すらありませんでした…)。誰しも「黄昏」よりは最盛期のほうが勉強のモチベーションもあがるもの。実際、エリオットが手をつけるまで、17世紀スペインはかなり研究が薄かったとのこと。

フランスが17世紀の「勝ち組」なのと、『三銃士』の影響もあり、リシュリューのほうが明らかに有名なのは否めません。が、この2人は同世代のうえ、生まれた境遇をはじめとして登場時期や退場時期も同じ、また「両者とも同様に、政治的「天才」「巨人」と呼ばれてしかるべき人物」(色摩 p.9)でした。二者に類似点が多いこと、逆に史料の量には雲泥の差があることから、いずれも二者を比較する手法がとられています。つまり、「テニスの試合のように」(エリオット p.10)、もともと日本人には馴染みが濃いとはいえない両者のエピソードが交互に出てくるうえ、そのために時代が若干前後したり、この時代(フランスの国内事情や三十年戦争)の基本的な知識がないとやや読みにくいかもしれません。

どちらもスペイン研究者の側からの視点ですが、肩入れと思える表現もなく、公平に書かれています。

黄昏のスペイン帝国―オリバーレスとリシュリュー

  • 著者: 色摩 力夫
  • 出版社: 中央公論社
  • サイズ: 単行本
  • ページ数: 366p
  • 発行年月: 1996年7月
  • 定価: 2,400円

読書メモ

広く浅く読みやすいのはこちら。巻末に家系図や年表(オリバーレスとリシュリューを並べたもの)があるので、見ながら読むと理解の助けになるかもしれません。著者はあくまで学術論文ではなく試論であるとしています。

比較的、当時の国際情勢を含め、歴史的事件の大筋の説明にページが割かれます。そのため、いったん両者のどちらかについてある程度のボリュームで書き、次の項でもう一方について、また時代をさかのぼったうえで同程度のボリュームで書く…といった手法がとられるので、時系列が前後しながら進みます。それでも、グラウビュンデン紛争(の一部)やマントヴァ継承戦争について日本語でわかりやすく読めるのは嬉しい。

実はそれ以上に有用なのがプロローグの部分です。

  • 「正統性」
  • 「自由」
  • 「国民国家」
  • 「国家理性」

といった用語を著者がどのような意味で用いているかという前提条件が、この本の舞台である17世紀に即したかたちで丁寧に説明されています。フランスとスペインにとどまらず、いずれも西洋史学として重要な概念でもあるので、しっかり理解しておくと良いでしょう。1章以降の本文中にも、繰り返し(ややしつこく思えるほど)登場します。

敢えて欠点を挙げるとしたら、17世紀の各国の軍制や戦術については若干著者の誤解があるかと思います。が、大勢に影響のある記述ではないのでスルーしてもOKです。

リシュリューとオリバーレス―17世紀ヨーロッパの抗争

  • 著者:J.H. エリオット, 藤田 一成 (翻訳)
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ: 単行本
  • ページ数: 334p
  • 発行年月: 1988年4月
  • 定価: 3,700円

読書メモ

「黄昏」を読んでからこちらを読むことをおススメします。というのも、こちらはこの時代の知識ありきで書かれているので、細かい出来事の経緯は省かれています。

ある事項について、リシュリューとオリバーレスがそれぞれどのように対処したか、が併記されていくというスタイル。そのため純粋に「比較」という意味ではこちらの手法のほうがわかりやすいかも。国政や時代の背景、2人の宰相の置かれた立場、それぞれの政治・財政・軍事への対応が細かく対比され、それについての評価という論調です。

その評価ですが、「黄昏」と大枠ではほとんど同じです。スペイン側では「スペイン街道」の重要性、フランス側では対ハプスブルク政策の一貫性、そしてマントヴァ継承戦争への対応が両国の明暗を分けた、という見解も共通しています。少し違っているのが「国家理性」の捉え方でしょうか。

第五章の冒頭にある、リシュリューとオリバーレス互いが互いをどう評しているか、という記述が非常におもしろいです。ここでもリシュリュー嫌いのルーベンスが登場し、オリバーレスにリシュリューの悪口を吹き込んでいたようです。