小説 G.A. ヘンティの著作 その2
ロンドンにあるヘンティのブループラーク In Wikimedia Commons
ジョージ=アルフレッド・ヘンティは19世紀の歴史冒険小説家。少年が主人公の十代向けの小説を100冊以上書いています。『三銃士』同様、ロマン主義時代の歴史文学です。ヴィクトリア朝イギリスの侵略イケイケドンドンの世相を反映し、「スーパー素質を持った少年将校が大人といっしょに有名な戦争で超大活躍」という、パターン化された戦争活劇が多く、どれを読んでもだいたい同じ、ある意味『水戸黄門』的な痛快さと様式美が評価されているようです。
とりあえず計5冊読んだのですが、ベースの史実はかなりしっかりしていて、マイナーな戦闘の細部まで描かれています。これ小説か?と思うほど延々と時代背景が説明される箇所が各所にありやや冗長ですが、通史と割り切って飛ばしてもぜんぜんOK。(というか、モノによっては何の歴史書を丸写ししてるかもわかるレベル)。むしろプレーンな記述なので、通史を知るためのツールとして読むのもアリです。
5冊のうち八十年戦争と三十年戦争を扱った小説は各2冊計4冊。もう1冊はイングランド内戦。この記事では、「基本のストーリー」とはちょっと違った展開、且つ、管理人好みの2冊を史実年代順にご紹介します。残りの3冊は別記事です。
書名 | 戦争 | 時代区分 | 主人公の関わる 戦闘または事件 | おもな史実人物 (主人公サイド) |
---|---|---|---|---|
By Pike and Dyke | 八十年戦争 | 反乱 ドン・ファドリケの遠征 | 「血の法廷」 ハールレム攻囲戦 アルクマール攻囲戦 レイデン攻囲戦 | オランイェ公ウィレム エリザベス女王 フランシス・ウォルシンガム |
By England’s Aid | 八十年戦争 | 英西戦争 マウリッツの十年 | スライス攻囲戦 アルマダの海戦 「ブレダの泥炭船」 カディス遠征 | フランシス・ヴィアー シャルル・ド・エローギール ナッサウ伯マウリッツ |
The Lion of the North | 三十年戦争 | スウェーデン戦争 | ノイ=ブランデンブルク攻囲戦 ブライテンフェルトの戦い ニュルンベルク攻囲戦 ヴァレンシュタイン暗殺 | ロバート・モンロー グスタフ二世アドルフ アクセル・オクセンシェルナ アルプレヒト・ヴァレンシュタイン |
Won by the Sword | 三十年戦争 | ピエモンテ内戦 フランス・スウェーデン戦争 | トリノ攻囲戦 ロクロワの戦い フライブルクの戦い 第二次ネルトリンゲンの戦い | テュレンヌ子爵 アンギャン公ルイ マザラン枢機卿 アンヌ・ドートリッシュ シュヴルーズ夫人 |
Friends, though divided | イングランド内戦(第一次~第三次) | 清教徒革命 三王国戦争 | オックスフォード攻囲戦 チャールズ一世の処刑 クロムウェルのアイルランド侵略 ダンバーの戦い/ウスターの戦い | チャールズ一世 プリンス・ルパート モントローズ侯ジェームズ・グラハム デヴィット・レスリー チャールズ二世 |
* 戦闘・事件・史実人物は主人公が直接関わるもののうち主なものをピックアップしています。 ** 濃字はこの記事内、薄字は別記事です。リンクから直接その作品にジャンプします。
残念ながら著者がこれだけ多産にもかかわらず、日本語になっているものはありません。戦争小説なので、皆殺しシーンや主人公の少年による殺人、人種・職業差別的表現も多々あり、現代の少年には推奨しにくいからかもしれません。が、少年向けのため平易な表現も多く、英語でも比較的楽に読める部類かと思います。
また、すべて初版から70年以上経っていてパブリックドメイン化されているので、PC上や電子書籍ならいくらでも無料で読めます。逆に、紙の本だと高額なオンデマンドプリント版ばかりなのでご注意。
作品は、古代エジプトから著者にとってのリアルタイム(ヴィクトリア朝)まで、時代も国もほんとうに多岐に渡っているので、好みのテーマのものから読んでみては。ほかに八十年戦争と時代のかぶっている16世紀を舞台にしたものに、サン・バルテルミーの夜、ドレイクの世界周航を扱ったものがあります。
参考: 著作一覧
- Chronological Listing of Books Robinson Books ガイドブック "The Boy's Guide to the Historical Adventures of G.A. Henty" の目次。史実年表順になっていてわかりやすい。
- G. A. Henty Wikipedia こちらは出版年順リスト。サブタイトル付き。
基本のストーリー
翻訳書もなく、日本語でのヘンティの洋書の紹介も少ないと思うので、以下、管理人の読んでみた16-17世紀ものに共通した基本ストーリーを。実はほとんどの本でストーリーの大筋は似通ったものです。
その2で挙げた2冊は、このテンプレからはやや外れたバリエーションを楽しむべき作品です。
- 14-16歳の少年が、あるきっかけで史実の有名人の下で働くことになる
- 主人公の少年は、勇気にあふれ頭が切れ腕も立ち、おまけに性格まで良いイケメン
- 単独あるいは少数での困難なミッションを大成功させ、有名人の信頼を得る
- ミッションの間、必ず脱出系と救出系の冒険がある
- 3と4を何度か繰り返し、その都度年齢に見合わないほど出世する
- それだけじゃ何なので、主人公は必ず大怪我か病気もする
- 貴族の未亡人とその一人娘(主人公より2-3歳年下のヒロイン)が必ず出てくる
- 彼女たちを複数回に渡って救出する
- あるきっかけで若くして任務を離れる
- ヒロインと逆玉婚して、イギリスでいい暮らしをしました、でおしまい
主人公は必ずイギリス人。この場合のイギリスは、「イングランド」ではなくグレートブリテンの意味です。どの本も比較的タイムスパンが短く、メインで描かれるのは10年以内で主人公年齢がせいぜい20代前半まで。少年がオッサンにならない、またはヒロインが嫁き遅れにならない程度の年限なんでしょうね。史実の戦いの合間あいまに主人公の少年が単独で(あるいは数名の集団を率いて)小さな冒険を繰り返します。少年が上官にぺらぺらとドヤ顔で自分の冒険譚を語るのは、日本人的な感性からいうとあまり馴染まない気もしますが、そんな中二少年を素直に賞賛する味方の大人たちもいい人すぎる。
現代社会から見ると、気になる点もいくつか。まずは、そもそも同じようなストーリー展開のため、登場人物に個性が乏しい。とくに主人公を引き立ててくれる史実人物は皆一様にいい人にされているので、伝記と異なったイメージであることもしばしばです。同様に、ヒロインも完全に無個性の添え物。彼らが獲得すべき地位やタイトルと同じ、単なる持参金付のご褒美です。ラストはお姫様と逆玉、プラス、とにかくイギリス万歳なので、どこの国が舞台であれ必ずイギリスで大段円です。出来すぎ感やムリ感はけっこうあります。それにそこまで能力のある人間が25歳前にして隠居生活送るなよ、的なツッコミもしたくなります。
それでも、確実にハッピーエンドが保証されているのはまさに『水戸黄門』ぽく安心して読めるところで、冒険箇所のスリルも時間を忘れて没頭できますよ。
By England's Aid : The Freeing of the Netherlands, 1585–1604
- 著者: G. A. Henty
- 出版社: -
- ページ数: 300p前後
- 発行年月: 1891年
あらすじ
管理人の勝手訳タイトル 「英国義勇軍:低地地方の解放 1585-1604」
主人公はジェフリー少年とライオネル少年の年子の兄弟。実在のイングランド人、フランシス・ヴィアー将軍の故郷の牧師の息子たちという設定です。相変わらず導入部は若干もたついているのと、兄弟の序盤のわがままっぷりにやや先行きに不安を感じますが、2人そろってヴィアーのペイジになってからは堅実なストーリー運びになります。ペイジとしての身分を弁えた地味な働きには好感が持てます。
他作と違って兄弟が主人公。これは途中でその意味がわかります。アルマダの海戦である戦艦に一緒に乗っていた兄弟でしたが、その最中に兄のジェフリーだけが海に投げ出されてしまいます。ここから物語は、スペインまで行ってしまった兄ジェフリーと、オランダでヴィアーのもと義勇兵となった弟ライオネルの立場で交互に進むことになります。
スペイン船に乗り込んだジェフリーは白痴のふりをして身元を隠していましたが、アイルランド人(スペイン海軍に所属)ジェラルドを瀕死の状態から介抱したことが縁で、ジェラルドの従者を装いスペインに上陸することができました。ジェラルドは恋人のスペイン侯爵令嬢イネスとの結婚を考えていましたが、父侯爵に反対されていました。恋人と駆け落ちして故郷のアイルランドに向かうというジェラルドと、一刻も早く帰国したいジェフリーの利害は一致し、2人は無事令嬢を連れ出してまずはイタリア行きの船に乗ります。
その途中、ムーア人海賊に襲われた船はなんとか撃退には成功しますが、再度ジェフリーだけが敵の船に取り残され、今度は北アフリカへ連れて行かれてしまいました。ガレー船奴隷となったジェフリーは、同じくそこで10年以上奴隷となっていたイングランド人船員ステファンと知り合います。その後2人はベイ(当地の長官)の信頼を得ますが、あくまでその自由は彼の目の届く範囲でのことでした。ある日裕福なスペイン商人とその娘が奴隷として連れて来られたのを見た2人は、父娘を救出してスペインのカディスへ逃亡することに成功します。
一方ライオネルは、ラインベルク攻囲戦、「ブレダの泥炭船」、ステーンウェイク攻囲戦など、ヴィアーに付き従ってオランダで転戦していました。1596年のカディス遠征に加わったライオネルは、カディスで商人の婿として商業的に成功していたジェフリーと再会します――。ここでだいたい20章まで。
- An Excursion
- A Meeting in Chepe
- In the Low Country
- The Siege of Sluys
- An Heroic Defence
- The Loss of the "Susan"
- A Popish Plot
- The Spanish Armada
- The Rout of the Armada
- The War in Holland
- In Spain
- Recruiting Their Funds
- The Festa at Seville
- The Surprise of Breda
- A Slave in Barbary
- The Escape
- A Spanish Merchant
- Ivry
- Steenwyk
- Cadiz
- The Battle of Nieuport
- Old Friends
- The Siege of Ostend
読書メモ
2人主人公の作品。途中から兄弟それぞれ二元的に話が進んでいくのに加え、彼らの冒険は必ず単独ではなく相棒が居て、それがすべて大人なので、他作品のようにドヤ顔で手柄話をするようなシーンはなく2人とも非常に謙虚です。もともとオランダではジェネラルは1人(ナッサウ伯マウリッツ)だけ、ヴィアーでさえカーネル止まりなので、少年が軍人として出世する余地があまりないから、ということもあるかもしれません。
そのため、どちらかというと直情的にみえた兄のジェフリーのほうが、早々に商人として大成する道を選びます。ジェフリーの冒険のほうがいかにも「恋と友情と冒険」って感じで動きが激しく断然楽しいのですが、実は別にこの時代である必要性は全く無く、史実とのからみもほとんど無い内容です。
その反動としてライオネルのほうは、「ブレダの泥炭船」で若干主導的な役割をするほかは、完全に史実の羅列です。延々と戦いの趨勢の箇所が続き、「ライオネルもここに参加していた」と簡単に書かれる程度。イヴリーの戦いに至っては、ヴィアーの指揮下ですらなく、やはり全く必然性が無い。これは個人的には非常にもったいないところで、とくにヴィアーは八十年戦争期の将軍の中でも戦歴が長く最もエピソードに富んだ人物なので、いくらでも絡めて面白い物語にできたはず。むしろそれを期待していただけに、ライオネル側のストーリー運びには失望すら感じます。
ちなみにこの巻での歴史記述部分は、管理人が使ったソースと(少なくとも3冊は)同じと推測されるので、『金獅子亭』の記述ともよく似ております(笑)。
Friends, though divided : A Tale of the Civil War
- 著者: G. A. Henty
- 出版社: -
- ページ数: 300p前後
- 発行年月: 1883年
あらすじ
管理人の勝手訳タイトル 「友情、引き裂かれてもなお:イングランド内戦の物語」
きっちりきれいに第一次から第三次までのイングランド内戦を扱っています。
主人公はハリー少年。のち青年。父ヘンリーは国王チャールズ一世の連隊長で、当然ながら王党派です。騎士党に特徴的な巻き毛が自慢のイケメンです。まずはエッジヒルの戦いから物語は始まりますが、ハリーは若年を理由にここには参加できません。それでも父の伝手で無理を言って、国王のために働くことになります。序盤には、国王の甥プリンス・ルパートと2人で閉じ込められて危うく燻し殺されるところだったりとか、国王派が優勢なうちは、それなりにゆるい冒険です。
序盤から中盤にかけて、ハリーの相棒となるのはジャコブ。当初、身元を隠して毛織物商人の徒弟となっていたハリーの徒弟仲間で、ハリーの正体に感づいて従者になることを申し出た、陰謀好きで頭の回る少年です。王党派にとってどんどん状況が悪くなる中、2人はイングランドやスコットランドで様々な戦いに身を投じたり、個人的な敵に命を狙われてみたり、国王の救出を試みたりします。前半のクライマックスがチャールズ一世の処刑です。ハリーの少年期の終わりでもあります。
いったんジャコブと別れたハリーはそのままアイルランドに流れます。ドロヘダ攻囲戦で王党派は壊滅的な敗北を喫し、辛うじて生き残ったハリーは奴隷としてバミューダへ送られました。数ヵ月後、脱出に成功したハリーは、復位を目指しているチャールズ二世のもとに馳せ参じ、戦場はスコットランドに移ります。
スコットランドでは、単騎で沼地で立ち往生していたハリーを救ったマイクという少年を従者にします。また、レスリー将軍とは共同戦線を組み、逆に、二心を持つアーガイル伯からは命を狙われたり、再度合流したジャコブ・忠実なマイクとともに前半同様の冒険が続きます。しかし最終的にウスターの戦いで王党派は議会派から引導を渡され、チャールズ二世はフランスへ逃れ、ハリーも亡命を余儀なくされてしまいました。ハンブルクに逃れたハリーは、しばらく巻き返しは難しいと判断し、いっそのこと新天地(北米)に土地を買って移住してしまおうかと考えます。
そんな中、王党派くずれの同国人たちによるクロムウェル暗殺計画を知ったハリーは――。ここまででだいたい25章。
- The Eve of the War
- For the King
- A Brawl at Oxford
- Breaking Prison
- A Mission of State
- A Narrow Escape
- In a Hot Place
- The Defense of an Outpost
- A Stubborn Defense
- The Commissioner of the Convention
- Montrose
- An Escape from Prison
- Public Events
- An Attempt to Rescue the King
- A Riot in the City
- The Execution of King Charles
- The Siege of Drogheda
- Slaves in the Bermudas
- A Sea Fight
- With the Scotch Army
- The Path Across the Morass
- Kidnaped
- The Battle of Worcester
- Across the Sea
- A Plot Overheard
- Rest at Last
読書メモ
5冊挙げた中では唯一のイングランド「内」が舞台。王党派・騎士党なんていうと華やかなイメージがありますが、ひたすら負け続ける側なので、当初の無邪気さが嘘のように、ハリーの冒険はどんどん悲壮なものになっていきます。数ヶ月~数年間何もすることがなかったなんて不遇の時代もあります。次々に難題が降りかかる展開は、判官びいきなところのある管理人にとっては、読んだ中では最も読み応えがあった作品です。とくに、国王の救出に失敗してハリーが悔しさに涙する姿は、他の作品にはない場面です。
ところで最大のフェイントが実はこの書名です。管理人訳タイトルはカッコつけたので文語っぽいですが、ゆるーくいえば「高校別々になっても友だちだよ?」みたいなニュアンスかと。冒頭はハリー(地主の息子のお坊ちゃん)とハーバート(その領地に住む平民)の幼馴染同士の会話から始まり、「By England's Aid」のように二元的に話が進んでいくのかと思いきや、すぐにハリー主人公として進んでいきます。もっとも、議会派の下士官となったハーバートも忘れた頃にちょこちょこ登場はしますが。結局読み終わった後でも、この「Friends」は誰と誰のことを指すのか、人によって解釈が違うかもしれません。
敵は一貫して議会派(円頂党)なわけですが、とにかくハリーはよく命を狙われ、捕まっては閉じ込められ、脱出を繰り返します。ハリーの相棒も、早い段階でロンドンで出合ったジャコブ、領地の小作人の息子ウィリアム、スコットランドで拾ったマイクと、ステージによってどんどん増えていきます。ウィリアムの影がやや薄いですが、彼らのおかげでハリーは何度も窮地を脱します。ハリーは史実人物の大人とも行動をともにしますが、こちらは時代の趨勢や場所によってどんどん変わっていきます。
個人的には、史実としては地味な、チャールズ一世処刑後のアイルランド・スコットランドでの、王党派の残党による悪あがきのような戦いを丁寧に描く後半のほうが好みです。 繰り返しになりますが、他作とのいちばんの違いは敗北側に身を置いていることです。いきおい、冒険の質も変わってきて、他人を助けるような余裕も華々しい活躍もありません。
だからなのか因果関係は明らかではありませんが、未亡人と令嬢も、序盤にいちおう一度だけ登場するもののそのままフェードアウト。終盤に、若干蛇足かな?と思うエピソードはあるものの、他とはちょっと違ったロマンスのかたちが楽しめると思います。それでも、ラストが似たような感じになるのはさすがのヘンティの手腕といったところでしょうか。