恋愛血風録―デュマ「ダルタニャン物語」外伝

 

  • 著者: ガチアン・ド・クウルティルス・ド・サンドラス/小西茂也
  • 出版社: ブッキング 復刊ドットコム
  • サイズ: 単行本
  • ページ数: 390p
  • 発行年月: 2005年01月
  • 定価: 2,100円

読書メモ

デュマの『三銃士』も、実は三十年戦争真っ只中の時代を扱っています。主人公ダルタニャンをはじめとして、史実人物もてんこ盛りの歴史小説です。ただ、あくまでも『三銃士』は「小説」であって、評論も随所でされているので、ここでは敢えて内容については詳述しません。

代わりに、ダルタニャンの回想録(といっても偽物ですが…)と、史実のダルタニャンを追った評伝を取り上げました。 回想録となっていますが、「偽」回想録、つまり回想録の手法(一人称で書く)をとった別人の手による小説です。

作者サンドラスはダルタニャンより30歳ほど年下の、将校にまでなった人物で、ダルタニャン本人と面識くらいはあったようです。ダルタニャンが戦死したのが1673年、この回想録はその実に27年後の出版なので、本人から直接聞いたことを後年まとめたのか、色好みで有名だったかつての隊長を格好のモチーフとして選んだだけなのか、はっきりとはわかりません。いずれにしても、ダルタニャン本人と親しかったであろう同世代の人々は、この出版の時点ではほとんど生きてはいません。

『三銃士』を読んだことのある人なら、とくに前半はその内容に驚くでしょう。パリ上京のくだりから、三銃士の名前、ミレディやその侍女との駆け引きなど、パーツによっては、ほとんどデュマが丸パクリしたのでは?というほど酷似しています。それでも後半はダルタニャン本人の恋バナが続くので、『三銃士』の続編である『二十年後』や『ブラジュロンヌ子爵』(いずれもダルタニャンのロマンスは脇役)とは違った趣になっています。

ところで日本では、某N○Kのせいだと思ってますが、リシュリューなんかは稀代の大悪人のイメージがあります。この回想録の書かれた1700年の時点でも、リシュリューとマザランの両宰相は、繰り返し悪し様に書かれています。宰相と軍人は、かように相性が悪いのかと思わせます。とはいえその内容は、ケチだとか仕事内容に対しての見返りが少ないとか、現代のサラリーマンが上司にたいしてぼやく愚痴のようなもので、スケールはだいぶ小型です。そしてダルタニャン本人も、このように始終ぶつくさ小言を言いつつも、なんだかんだと最後まで一貫して忠実に彼らに仕えているのです。

1955年初版本の復刻版です。「ダルタニャン色ざんげ」という邦語タイトル以外は、とくに訳に古臭さは感じないのでフツウに読めます。ただ、年号に随分と誤植があるのでそこだけは注意すべきです。


~Further Reading~

ダルタニャンの生涯―史実の『三銃士』

  • 著者: 佐藤 賢一(著)
  • 出版社: 岩波書店
  • サイズ: 岩波新書
  • ページ数: 200p
  • 発行年月: 2002年02月
  • 定価: 735円

読書メモ

こちらは、本当に存在した史実のダルタニャンを、資料で丁寧に追った評論。もちろん上記のサンドラス版・偽回想録についての章立てもあります。『三銃士』や「回想録」では、史実の出来事にからめるために、年齢や経歴にサバをよまされているダルタニャンですが、史実では1633年にパリでの閲兵記録があってからは、1646年になるまで記録には登場せず、その活動が見られるのは「フロンドの乱」からということになります。

また、『二十年後』や「回想録」では、フランスとイングランドを行き来してインターナショナルに活躍しますが、実際は渡航の記録も一切ないようです。この時点で、『三銃士』『二十年後』「回想録」の半分くらいは、ほとんどが想像上の産物に帰してしまいます。

が、ダルタニャンが単なる一兵卒に過ぎないかというと、確かに教科書に出てくるような「偉人」ではありませんが、銃士隊長という立場からいっても、その人生に関わってくるのは錚々たるメンバーです。国王はもちろん、マザラン、コルベール、フーケ、テュレンヌ、ルーヴォワなどなど。ダルタニャンをこれらの人々の間に張られた一本の横糸としてとらえると、「グラン・シエクル」も新鮮な見方ができるかもしれません。